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2025年に見たサメ映画

2026/1/7はサメ映画オブザイヤー2025の結果発表がされました。昨年の319票から1067票と大きく投票数が伸びました。2025年はサメ映画元年といえます。 そんな2025年に見たサメ映画をダイジェストでお送りします。

マンイーター 捕食

マンイーター 捕食 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画

ジョーズリスペクトを感じる良いサメ映画でした。バカンスに適しているように見える綺麗な海でも自然は恐ろしい。自然で遊ぶ時には、緊急時の連絡先や対応の確認を複数用意が必須ですね。

シャーク・アタック!!

シャーク・アタック!! - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画

四足歩行戦車と巨大サメの闘いは圧巻でした。 自力で起き上がれるって大事です。

サメデターZ:飛鮫

サメデターZ:飛鮫 - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

サメの飛行速度ってどのくらいなんでしょうか。 大小さまざまな大きさのサメが魅せるアクロバティックな飛行技術が見どころです。

音鮫怪獣グラメタシャーク

音鮫怪獣グラメタシャーク - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

グラメタシャークの造形が愛らしい!

音鮫怪獣グラメタシャーク | ランドシャーク プロジェクトからグラメタシャークを一目見てください。

Narco Shark

Narco Shark - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

初監督作品とは思えない意味不明な映像の連続でした。 監督のこだわりが映画を成り立たせています。 一度見たら忘れられない作品です。

まとめ

2025年はサメ映画を5作見ました。新作では「音鮫怪獣グラメタシャーク」と「Narco Shark」は歴史に残るサメ映画になると思います。 なお、2026年のサメ映画?初めは「Noah's Shark(原題)」でした。サメ映画ならぬ板映画、執拗に繰り返されるフラッシュバックによる尺の引き伸ばしとツッコミどころが多数ありました。

Noah's Shark(原題) - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ | Filmarks映画

Z級映画を楽しむときに大事にしてること

超低予算で撮られた映画をZ級映画と呼ぶ。 具体的な作品でいえば、ジュラシック・シャークやウィジャ・シャーク1Z級映画と言われている。 最近上映していた作品なら、音鮫怪獣グラメタシャーク2、ナルコシャーク3だ。

これらの作品はストーリー組み立ての緻密さや映像の質において大ヒット映画と比べて低いものになる。 個人制作に近い形態が多いために、素人が映像編集をしていることが多いこと、予算が限られているため衣装の準備ができないこともあるためだ。

Z級映画を初めて観ると映画映像のチープさに注意が向いてしまい、なんて酷い映画なんだ!と思うことだろう。 だが、僕はZ級映画の上映に何度も足を運んでおり、同好の士が多く存在することを知っている。

そんなZ級映画を楽しむ時に大事にしたいことは、登場人物が見ていること感じていることは映像のチープさと関係なく劇中で起こっていることである、と思うことだ。 あるいは、これから本格的な編集作業に入る前のコンセプト映像の試写を見ているんだと考えても良いかもしれない。CGに違和感があるのも調整前だからだと納得できる。

登場人物が見たこと感じたことが劇中で起こっていると信じるとはどういうことか。それは、例えば音鮫怪獣グラメタシャークのように可愛らしい見た目をしていたとしても登場人物が恐怖しているなら怖いサメ男がいるし、おもちゃにしか見えなかったとしても街の形をしたレゴが壊されているなら実際の街が壊されていると認識すること。

これを意識できるようになると、ストーリーや映像表現を楽しめるようになる。さらに映像のチープさに惑わされずに様々な都合によって諦めざるえなかった監督のチャレンジ、表現を想像して、その独創性を楽しむことにもつながる。

上映時間の間に楽しめることを一つでも見つけられるように必死に探すこと。 ストーリーやセリフ、怪獣の造形美、音楽、役者の背景、シーンの繋がり、などなど、どんな映画であっても完成した作品であれば一つぐらいは光る部分がある。 それをどうにかして見つけること。

どんな映画も、少なくとも監督は面白い部分があると信じて公開したはずであり、誰にとっても面白くない映画は存在しないと信じている。 全てがつまらない映画は存在しない。


  1. 親子の絆を描いた傑作。霊界から現れるサメと、戦うアイディアが面白い
  2. 可愛らしさに溢れるグラメタシャークの造形美、監督のバンド音楽が魅力の作品。
  3. 監督の感性が反映された非常に独創性に溢れる映像表現が魅力の作品。一人で複数の役をしているので、その演技の差も楽しめる。

サメ映画(シャークネード)に学ぶチーム開発

サメ映画は、基本的に平和な海やビーチなどの風景が映され、サメの影や小動物などが襲われるシーンに繋がり物語が始まる。そして、登場人物が混乱し、錯乱し、勇気を持ってサメに立ち向かい倒すことで完結する。 ジョーズに代表される不動の人気を誇るジャンルだ。 実は、サメ映画にはチーム開発のエッセンスが込められている。

それをシャークネードの一作目を例に出して説明する。 初めに学べることは、情報提示の流れである。 シャークネードの冒頭部分を纏めると、映画開始から数分間の間に主要人物のほとんどが登場し、続いてビーチ全体や街が映される。その後、登場人物のプロフィールが語られ本編へと続く。

チーム開発で扱う課題は多様で複雑である。それはサメ映画も同じだ。スノーシャークは雪山を泳ぐし、ウィジャシャークは霊界に潜む。BAD CGI SHARKSではデジタル世界から襲ってきた。ここではサメの多様性だけにとどめるが舞台も千差万別である。そのため、物語におけるサメの特徴や舞台を鑑賞者に説明しなければ、どのジャンルのサメ映画かわからず混乱してしまう。また、サメ映画の画面には大量の人物が現れるが、人の記憶力は有限なのでその全てに注目することはできない。

ここでシャークネードの冒頭シーンをふりかえろう。画面いっぱいに写される人物は数人に限られていて、誰を覚えていれば良いのか、人物間の関係性も明確だ。そして、背景のビーチや街を写すことで全体的な状況と、その中のどこに今着目しているかを鑑賞者に説明する。 まとめると関係する主要な要素とそれが全体像の中でどこに位置しているのかを説明で物語へ導入している。この注目したい部分以外を切り捨てるやり方は、ソフトウェア開発に限らず全てで複雑な物事を説明する際のやり方としてお手本となるだろう。

シャークネード本編でもチーム開発のエッセンスが繰り返し登場する。

例えば、サメの群れに囲まれバスに閉じ込められた子供達を救助するシーンだ。この場面で主人公達は車に積んでいたロープ使って橋の上からロープを使って降り子供達を救助する。 要救助者である子供達も慌てず、また主人公達も落ち着いて救助活動をしている。 この場面からは、緊急時にこそ落ち着いて行動することで被害を最小限に収められることを伝えてくれている。 また、子供達が乗るバスを主人公達が発見した当初はバスを無視して逃げることをメンバーが提案しているが、救助を決めた段階では協力しあっている。Disagree and Commitのエッセンスも読み取れるシーンである。

さて、ここで主人公達が救助できたのは協力したからだけが理由ではない。ロープレスキューが可能な道具の準備やメンテナンスや訓練をしていたからだ。 つまり、彼らは普段からロープレスキューができるように車内に装備を準備し、訓練していたということだ。ここから不測の自体にも対処できるように平常時から準備を重ねておくことの重要性も僕達に伝えているわけだ。

この準備と落ち着いて行動することの重要性は、後のバンナイズ空港でサメの大群と対峙するシーンで、空港倉庫に爆弾やチェーンソーが保管されていたことからも伺える。 バンナイズ空港におけるサメとの戦いでは、チームで意思を統一することで巨大な敵(サメ)にも立ち向かえることが学べる。

物語終盤では、トルネードによってサメが巻き上げられてできたシャークネードを喰い止めるために、ストームライダーさながらヘリコプターから爆弾を投げこむ。直感的には十分な装備がない状態でトルネードの間近を飛び爆弾を投げこむ作戦は無謀でしかありませんが、劇中では意外にも成功する。 このシーンから時に勇気を持って危険を犯すことで通常では得られないような大きな成功を得られるかもしれないことを学べる。

だが、シャークネードはこれだけでは終わらない。トルネードを喰い止めることに成功し、戻ってきた父親のもとに娘がかけつけてしまう。トルネードの残滓によって飛ばされてきたサメが娘に向かってしまう。劇中では娘が食われてしまう直前に父親が娘を突き飛ばすことで間一髪逃がれる。 大きな課題を解決した直後は油断が生まれてしまうものであるが、完全に解決するまでは一瞬の油断が命取りになってまうということだ。

シャークネードは最後に、普通では解決できないような巨大な問題解決に多少の勇気と完全に解決するまでは最後まで気を抜いてはいけないということを教えてくれた。

エッセイの書き方と映画

岸本葉子氏による「エッセイの書き方」という本を読みました。

www.chuko.co.jp

エッセイとは「自分の書きたいこと」を「他者が読みたくなるように」書くことであるとして、エッセイにおける話の展開の仕方を解説しています。 エッセイは勿論ですが、文章の書き方解説としても良い本でした。

著者がエッセイストであるからか言葉選びが丁寧です。 例えば、章題の「テーマは連想の始動装置―「私」と「公共」の往復運動」はエッセイ、より一般的に文章を書き、読み直して、書き直す、一連のサイクルをよく表していて趣深いです。

全編にあたって参考になりますが読んでいて面白かったのは情報の出し方についてです。 本書では、情報は周辺から詳細に順に狭めて読み手に明らかにするのが良いと述べてます。 これは映画や演劇でも同じです。

例えば、映画の冒頭で街の風景が映され、どこかの道路を走る車のシーンに切り替わる。その後、車内がアップで映され会話が始まるというような流れはよくみられる映画の冒頭です。

映画も日常から非日常へと観客を誘う芸術なので、入り口の作り方は同じなんですね。

「エッセイの書き方」を読み始める前に「黒沢清、21世紀の映画を語る」を読んで映画作りに思いを馳せていたので、映画との共通点を見つけて楽しめました。

映画を見ることを考える

映画を見ることは1人ですることだけど映画を見ることは孤独ではなかった。 むしろ映画を見ることは誰かとつながる手段だったということを最近は考えている。

映画館に行けば余程マイナーな時間帯や作品でない限りは他の観客がいて、鑑賞中の笑いや驚きといった微かな動きが伝わってくる。 自宅で1人で映画を見ていたとしても鑑賞後に映画タイトルで検索すれば同じ映画を見た人のレビューがたくさん見つかる。 映画を見ることは、これらのレビューを読むこと、自分の見た映画について考えること、映画館で他の観客の動きを感じることで孤独な体験から誰かとの共同体験に変わる。

映画は過去に長い期間をとって計画された俳優の演技を撮影し、さらに長い時間をかけて編集されたものを見る。 今上映されている映画であっても撮影に6ヶ月、そこから映像編集や特殊効果をつけるのに1年程度かかることもあるらしい。 だから映画を見ると言ったとき僕らは、俳優や監督が映画のことを考えて動いてきた結果を見ることになる。 映画について考えることは、彼らの過ごした時間の結果と向き合う時間でもあったんじゃないだろうか。

こういったことを考えて、1人で映画を見ているつもりだったけれど実は孤独な体験ではなかったことに気がついた。

2024年8月、最近見た映画

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ホラー映画は苦手なのだけれど、クローネンバーグ監督の映画は不思議と苦手ではない。 同監督による映画、クライムズ・オブ・ザ・フューチャー を見てから気になっている監督だ。 ザ・ブルード 怒りのメタファーはクローネンバーグ監督が自作のなかでも最も気に入っているという作品らしい。 怒りのメタファーであるフリークスの醜さや主人公の夫婦の妻、エッガーがフリークスを子宮外子宮から取り出す描写に目を奪われる。その映像には恐怖を感じるが同時にエッガーが夫から愛されていなかった悲しみが伺える。ホラーとしての要素がメタファーにとどまっていて、フリークスが現実の人間に変わったとしても成り立つであろうことが苦手ではない理由なのかもしれない。

filmarks.com

楽しい映画。グルーとその息子の間の愛情の物語として楽しむこともできるし、単純にミニオンズたちのわちゃわちゃを楽しむこともできる。2回映画館で見たけど、どちらも子どもたちが楽しんでいる声が聞こえてきた。哀れなるものたちみたいな映画で騒がれるのは嫌だけど、怪盗グルーやミニオンズシリーズのような映画は笑って楽しんで見てほしい。

filmarks.com

敏腕映画プロデューサーのポンポさんの元で製作アシスタントをしているジーンが、とあるきっかけで監督になって映画を撮るがトラブルが発生してという物語。映画が好きな人間としては非常に気になるテーマの作品だった。 見るのは一度目は映画館で、今回が2回目になる。ポンポさんはもちろん、ジーン、アランやミスティアなど他のキャラクターも主人公となれるぐらい魅力的なところもよい。 女優を魅力的に取れれば映画はよいとか、自分の演奏のためにその他のものを切ることは苦しいことだけれど、それを切ることを決める覚悟が自分や作品をより良いものにするのだろう。僕にはまだできていない。

小泉徳宏監督作、線は僕を描く

全体的に好きな作品だった. 家族を失った人が疑似的な家族を通して,家族との確執を受け入れていき,さらに作品を作ることことによってけりをつける過程がよかった.主人公の幼馴染っぽい友人が主人公に対して自分が家族だったらいつまでも引きずってほしくないって話すところは,こう言ってくれる人が近くにいて幸せだなと思った. 変に恋愛関係を描かずに終わらせているところも好感を持てた.部屋に練習した作品がたくさん並んでいるところを映して,めちゃくちゃ水墨画に打ち込んでいるところを見せるのはうまい.ただ,その直前のウーロンハイボールを一口ぐらい飲んでつぶれるところは,そこまで弱い人いないだろって感じだった.