サメ映画は、基本的に平和な海やビーチなどの風景が映され、サメの影や小動物などが襲われるシーンに繋がり物語が始まる。そして、登場人物が混乱し、錯乱し、勇気を持ってサメに立ち向かい倒すことで完結する。
ジョーズに代表される不動の人気を誇るジャンルだ。
実は、サメ映画にはチーム開発のエッセンスが込められている。
それをシャークネードの一作目を例に出して説明する。
初めに学べることは、情報提示の流れである。
シャークネードの冒頭部分を纏めると、映画開始から数分間の間に主要人物のほとんどが登場し、続いてビーチ全体や街が映される。その後、登場人物のプロフィールが語られ本編へと続く。
チーム開発で扱う課題は多様で複雑である。それはサメ映画も同じだ。スノーシャークは雪山を泳ぐし、ウィジャシャークは霊界に潜む。BAD CGI SHARKSではデジタル世界から襲ってきた。ここではサメの多様性だけにとどめるが舞台も千差万別である。そのため、物語におけるサメの特徴や舞台を鑑賞者に説明しなければ、どのジャンルのサメ映画かわからず混乱してしまう。また、サメ映画の画面には大量の人物が現れるが、人の記憶力は有限なのでその全てに注目することはできない。
ここでシャークネードの冒頭シーンをふりかえろう。画面いっぱいに写される人物は数人に限られていて、誰を覚えていれば良いのか、人物間の関係性も明確だ。そして、背景のビーチや街を写すことで全体的な状況と、その中のどこに今着目しているかを鑑賞者に説明する。
まとめると関係する主要な要素とそれが全体像の中でどこに位置しているのかを説明で物語へ導入している。この注目したい部分以外を切り捨てるやり方は、ソフトウェア開発に限らず全てで複雑な物事を説明する際のやり方としてお手本となるだろう。
シャークネード本編でもチーム開発のエッセンスが繰り返し登場する。
例えば、サメの群れに囲まれバスに閉じ込められた子供達を救助するシーンだ。この場面で主人公達は車に積んでいたロープ使って橋の上からロープを使って降り子供達を救助する。
要救助者である子供達も慌てず、また主人公達も落ち着いて救助活動をしている。
この場面からは、緊急時にこそ落ち着いて行動することで被害を最小限に収められることを伝えてくれている。
また、子供達が乗るバスを主人公達が発見した当初はバスを無視して逃げることをメンバーが提案しているが、救助を決めた段階では協力しあっている。Disagree and Commitのエッセンスも読み取れるシーンである。
さて、ここで主人公達が救助できたのは協力したからだけが理由ではない。ロープレスキューが可能な道具の準備やメンテナンスや訓練をしていたからだ。
つまり、彼らは普段からロープレスキューができるように車内に装備を準備し、訓練していたということだ。ここから不測の自体にも対処できるように平常時から準備を重ねておくことの重要性も僕達に伝えているわけだ。
この準備と落ち着いて行動することの重要性は、後のバンナイズ空港でサメの大群と対峙するシーンで、空港倉庫に爆弾やチェーンソーが保管されていたことからも伺える。
バンナイズ空港におけるサメとの戦いでは、チームで意思を統一することで巨大な敵(サメ)にも立ち向かえることが学べる。
物語終盤では、トルネードによってサメが巻き上げられてできたシャークネードを喰い止めるために、ストームライダーさながらヘリコプターから爆弾を投げこむ。直感的には十分な装備がない状態でトルネードの間近を飛び爆弾を投げこむ作戦は無謀でしかありませんが、劇中では意外にも成功する。
このシーンから時に勇気を持って危険を犯すことで通常では得られないような大きな成功を得られるかもしれないことを学べる。
だが、シャークネードはこれだけでは終わらない。トルネードを喰い止めることに成功し、戻ってきた父親のもとに娘がかけつけてしまう。トルネードの残滓によって飛ばされてきたサメが娘に向かってしまう。劇中では娘が食われてしまう直前に父親が娘を突き飛ばすことで間一髪逃がれる。
大きな課題を解決した直後は油断が生まれてしまうものであるが、完全に解決するまでは一瞬の油断が命取りになってまうということだ。
シャークネードは最後に、普通では解決できないような巨大な問題解決に多少の勇気と完全に解決するまでは最後まで気を抜いてはいけないということを教えてくれた。